東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)84号 判決
原告
レフライト株式会社(旧商号 日本レフライト工業株式会社)
被告
ミネソタ・マイニング・アンド・マニユフアクチユアリング・コンパニー
右当事者間の頭書審決取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
特許庁が同庁昭和52年審判第11088号事件について昭和54年4月9日にした審決を取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。
事実
第1当事者の求めた判決
原告は、主文第1、2項同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。
第2原告の請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
被告は、名称を「レフレツクス―反射性構造物」とする発明(以下「本件発明」という。)について、1969年(昭和44年)1月21日にアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和45年1月20日に昭和45年特許願第5350号をもつてなされた特許出願に対し、昭和51年11月30日に特公昭51―44639号公報をもつてした特許出願公告を経て、昭和52年7月13日に登録第869424号をもつて登録された特許(以下「本件特許」という。)の特許権者である。
原告は、昭和52年8月15日、本件特許を無効とすることについて審判を請求したが、特許庁昭和52年審判第11088号事件として審理された結果、昭和54年4月9日、右審判の請求は成り立たないとの審決があり、その謄本は、同月27日に原告に送達された。
2 本件発明の要旨
25ないし250ミクロンのサイズ範囲で少くとも1.8の屈折率を有するガラスビーズの単層を含み、しかもこのガラスビーズが実質的に透明の結合剤層中に大体半球状にしつかりと埋められて結合されており、この結合剤層が8ないし25ミクロンの範囲内の表面寸法サイズと、好ましくは約40ないし約200ミリミクロンの範囲の厚さを有する鏡状の反射性真珠光沢顔料小板を含有し、個々のガラスビーズがこのガラスビーズの埋められた部分のまわりにコツプ状に配列されている前記小板を有することを特徴とするレフレツクス―反射性構造物。
3 審決理由の要旨
本件発明の要旨は、前項記載のとおりである。
請求人(原告)は、証拠として甲第1ないし第8号証を提出して、本件発明は特許法第29条第2項に該当するから、本件特許は同法第123条第1項の規定により無効とすべきものである旨主張する。
甲第1号証(特公昭40―7870号公報―以下「第1引用例」という―)には、ガラスビーズの単層を含み、しかもこのガラスビーズが実質的に透明の結合剤層中に大体半球状にしつかりと埋められて結合される逆行反射板とその製造方法が記載されており、更に、「小ガラスビーズ13は約200ミクロン直径を超えるべきではなく、できれば約75ミクロン直径より大ならざるを可とする。……約25ないし75ミクロンの直径で最良の結果が得られている。これらのビーズの屈折率は約1.7ないし2.0の限度内にあるべきである。」(4頁右欄28行目~36行目)と記載されている。
甲第2号証(実公昭36―11547号公報―以下「第2引用例」という―)には、合成樹脂シート1の表面に金属粉2を混入した接着塗料3を塗布し、この上面に接着塗料4を再び塗布して一面に透明小球5を下面が金属粉2を混入した接着塗料3に密着する如く散布固着して一体となしたる反射性を有する合成樹脂シートの構造が記載されており、更にその一例として、無色透明の接着塗料3にアルミニウム粉2を混入したものを用いたものが記載されている。
甲第3号証(実公昭41―2598号公報―以下「第3引用例」という―)には、扁平柔軟体1の上部に透明なる扁平微細物体及び必要に応じて有色素体を混練した被覆用接着剤の薄層2を設け、更に該薄層上に透明光屈折球3を散布接着せしめたる光反射体の表面に、適宜着色しあるいは色彩を施した天然繊維又は人造繊維もしくはその双方からなる短繊維パイル4を所望の模様に従つて植毛したことを特徴とするパイル模様を形成した光反射体5の構造が記載されており、更に、「被覆用接着剤2(本件発明における結合剤層に相当する。)は例えば塩化ビニール酢酸ビニールマレイン酸とブタジエンアクリルニトリル共重合体の両者を主体としこれに板状結晶をなす塩基性炭酸塩の微細体の如き透明にして扁平なる微細物体(本願発明における反射装置に相当する。)及び必要に応じ顔料若しくは染料の如き有色素体を適宜混練して調整する。」(1頁左欄30行目~35行目)こと、及び、「該薄層に散布接着せしめる直経0.01~10mmを有し少くとも屈折率1.7以上の透明体球3としてはガラス球、球状アクリル樹脂、人造宝石球等が用いられる。」(1頁左欄38行目~41行目)ことが記載されている。
甲第4号証(実公昭38―923号公報―以下「第4引用例」という―)には、結合剤層中に埋められた硝子球子の周面を反射膜にて覆うようにした反射硝子球シートの構造が記載されている。
甲第5ないし第7号証は、昭和37年特許願第31431号(以下「先願」といい、その願書に添付した明細書を「先願明細書」、その特許請求の範囲に記載された発明を「先願発明」という。)に関する拒絶査定謄本、明細書及び意見書であつて、これにより、先願発明は先願明細書の特許請求の範囲に記載されたとおりの「着色光束反射体の製造方法」にかかわるものであり、実公昭36―11547号公報(前示第2引用例)及び特公昭34―9880号公報を引用されて拒絶査定されたものであることが認められる。
甲第8号証(昭和41年9月8日開催のパール塗装技術講習会テキスト「パールエツセンスとパール塗料及びその塗装法」―以下「第5引用例」という―)には、「真珠顔料は細かい薄片であるから、これらがすべて一定方向に平行に配向することは困難であります。」(4頁23行目~25行目)と記載されている。
本件発明の特許出願前に国内で頒布されたことの明らかな第1ないし第5引用例記載のものと本件発明とを比較すると、本件発明は、25ないし250ミクロンのサイズ範囲で少くとも1.8の屈折率を有するガラスビーズの単層を含み、しかもこのガラスビーズが実質的に透明の結合剤層中に大体半球状にしつかりと埋められて結合されている点において、第1引用例記載のものと一致しているにとどまり、本件発明の構成に欠くことのできない事項である、前記結合剤層が8ないし25ミクロンの範囲内の表面寸法サイズと、好ましくは約40ないし約200ミリミクロンの範囲の厚さを有する鏡状の反射性真珠光沢顔料小板を含有し、個々のガラスビーズがこのガラスビーズの埋められた部分のまわりにコツプ状に配列されている前記小板を有する点については、前記引用例のいずれにも記載されておらず、また、これを示唆する記載もない。すなわち、第2引用例及び第3引用例には、それぞれ、結合剤層中にアルミニウム粉を混入すること、及び、板状結晶をなす塩基性炭酸塩の微細体のような扁平なる微細物体を混入することは記載されているが、これらが、本件発明のように、前記結合剤層が前記表面寸法サイズと好ましくは前記範囲の厚さを有する鏡状の反射性真珠光沢顔料小板を含有し、しかも、これら小板が前記ガラスビーズの埋められた部分のまわりにコツプ状に配列する構成を示すものとは到底認め難い。また、第5引用例の5~6頁の(ロ)項及び第4図には、原玉の表面に真珠顔料の小板を平行に配列する構造が図示されているが、(1)この方法はデイツピング法によるものであつて、本件発明に採用されている製法とその原理を異にするものであることは明らかであること、(2)第4図には真珠顔料の単層膜が原玉の表面に配列されているにとどまり、本件発明のような多層膜を含む場合にも有効である旨がなんら示唆されていないこと、(3)前記方法は模造真珠の製造に関するものであつて、本件発明のようなレフレツクス―反射構造物に関するものでなく、しかも、原玉の大きさが本件発明のガラスビーズの大きさでする25~250ミクロンの場合にも有効である旨の記載がないこと等を併せ勘案すれば、第5引用例に本件発明が示唆されているものとも、これから容易に推考することができたものともみることはできないといわざるを得ない。更に、前記のように、第5引用例には、「真珠顔料は細かい細片であるから、これらがすべて一定方向に平行に配向することは困難である。」と記載されていることから、第5引用例に記載されている真珠顔料は良好な多層反射作用を示さないものと受けとらざるを得ない。してみれば、第5引用例にたまたま本件発明と同程度の大きさの真珠顔料が示されており、第3引用例に透明な扁平微細体による多層反射作用を利用した光反射体が開示されているからといつて、上述のこと及び第5引用例に関して述べたことを併せ考えれば、第5引用例に示されている真珠顔料を第3引用例記載の光反射体における扁平微細体に適用することは想到できなかつたものといわねばならない。そして、本件発明は、前記構成をとることによつて、反射特性を極めて良好にするという各引用例記載のものには期待できない顕著な効果を有するものであるから、本件発明は各引用例の記載事項に基づいてこの技術分野の専門家が容易に発明することができたものと判断することができない。
また、前記先願明細書の特許請求の範囲には、本件発明の構成要件の1つである「結合剤層中に含有される鏡状の反射性真珠光沢顔料小板が、8ないし25ミクロンの範囲内の表面寸法サイズと、好ましくは約40ないし200ミリミクロンの範囲の厚さを有する」ことについては全然限定されていないから、本件発明と先願発明が同一であるということもできない。
以上のとおりであるから、請求人の主張及び提出に係る証拠をもつてしては、本件特許を無効とすることはできない。
4 審決の取消事由
本件発明をもつて先願発明と同一ではなく、また、各引用例に基づいて容易に発明をすることができたものでもないとした審決の判断はいずれも誤つており、審決は違法であるから取り消さるべきである。
1 先願発明との同一性について
(1) 本件発明が「25ないし250ミクロンのサイズで少なくとも1.8の屈折率を有するガラスビーズの単層を含み、このガラスビーズが実質的に透明の結合剤層中に大体半球状にしつかりと埋められて結合されており」とする点は、先願発明にあつては、「薄層上に直径約0.01mmないし10mm(10ミクロンないし10,000ミクロン)を有し、少なくとも屈折率1.7以上の透明体球を散布接着せしめたる後熱処理する」とされているのと異ならない。
(2) 本件発明が「この結合剤層が8ないし25ミクロンの範囲内の表面寸法サイズと、好ましくは約40ないし200ミリミクロンの範囲の厚さを有する鏡状の反射性真珠光沢顔料小板を含有し」とする点は、先願発明において、「扁平柔軟体を基体として、この上部にビニール系樹脂と合成ゴムの両者を主成分とする被覆用接着剤の組成中に塩基性炭酸鉛の微細物体もしくはグアニンを主成分とする魚鱗箔と有色素体を混練したるものの薄層を設け」とされているのと異ならない。すなわち、先願発明においては、ことさらその構成要件中に真珠光沢顔料小板(塩基性炭酸鉛や魚鱗箔)の大きさ、厚みを規定していないが、その特許出願以前から、多層反射を生ぜしめるために通常使用される真珠光沢顔料の大きさと厚みが公知だつたのであり(甲第9号証、第10号証参照)、先願発明においては、平均径10ミクロン、厚み50~70ミリミクロンのものが当然に使用されるのは明らかである。したがつて、本件発明において前記のとおりもつともらしく真珠光沢顔料の大きさと厚みについて数値限定をしていることになんらの意味もない。
(3) 本件発明が「個々のガラスビーズの埋められた部分のまわりにコツプ状に配列されている前記小板(真珠光沢顔料)を有する。」とする点は、先願発明のものも同じく備えているところであり、その点は、先願明細書に「このような製造方法によつて提供された着色光束反射体の透明体球を屈折通過せる入射光線は着色透明樹脂層を通過し、光反射をもたらす塩基性炭酸鉛の微細結晶体面に当たつて反射され、ふたたび着色透明樹脂層中を経て透明体球によつて屈折される。光反射をもたらす塩基性炭酸鉛の微細結晶体は被覆接着用樹脂層中全体に分散され、各結晶鱗片が水平方向になるように並んでおり、透明体球の埋没作用により水平方向の配列は乱されるが、透明体球の下部をとりかこむが如き配列状態となり、この作用によつて透明体球と結晶鱗片体とが極接近して存在することになりこれが効率の高い反射光線を認め又入射光線の入射角度のいかんを問はずほぼ一定した反射光量を認めうる所以である。」と記載されたところから明らかである。また、先願明細書には、「扁平柔軟体に微細物体の混入せる着色被覆接着剤を塗布したる後、接着剤中の溶剤が未だ充分揮発せぬ間に透明体球をその表面に散布接着する」態様での実施例が記載されているところ、これは本件発明の実施例として本件明細書に記載されている「ガラスビーズを、反射性層が尚湿潤している間に、この層上に落下被覆することができる」というものとなんら異なるところはなく、先願発明にあつても、本件発明におけると同様、ガラスビーズ(透明体球)の下面に真珠光沢顔料小板がコツプ状に配列されることとなる。
(4) 以上のとおり本件発明と先願発明とは同一であり、本件特許は特許法第39条第1項の規定に違反して登録されたものであるのに、審決は、職権をもつて両発明の同一性を検討しながらその判断を誤つたものであり、違法である。
2 本件発明の容易推考性について
第3引用例には、扁平柔軟体の上部に透明な扁平微細物体(真珠光沢顔料小板)を混練した被覆用接着剤の薄層を設け、薄層上に10ないし10000ミクロンの直径を有し、屈折率1.7以上の透明な光屈折球(透明体球)を散布接着して光反射体を構成すること、及び、該光反射体は、接着剤中に含まれる透明な扁平微細物体による多層反射作用を利用しているものであることが記載されている。これを本件発明と対比すれば、本件発明の要件でありながら第3引用例には形式的記載がないと目されるのは、真珠光沢顔料小板の大きさ及び厚みについてと、この小板がガラスビーズの埋められた部分のまわりにコツプ状に配列することについてのみである。しかしながら、多層反射を行うための真珠光沢顔料の大きさと厚みについては第5引用例、甲第4号証、第9号証、第10号証により公知であり、また、右第5引用例以下の記載によれば、多層反射とは、本件発明における数値限定された範囲内にある真珠光沢顔料小板を平行に配列して層状構造を作り、入射してきた光を次々と各層で規則的に反射させることである旨を理解できる。したがつて、第3引用例のものも右の意味における多層反射を利用することが明示されている以上、その真珠光沢顔料小板はガラスビーズの曲面に沿つて多層に、かつ互いにほぼ平行に配列している、すなわちコツプ状に配列していることは明らかである。なお、ガラスビーズとこの下面をかこむ反射層とから成る再帰反射構造物については、第1、第4引用例にも記載されているところであつて、そこになんら新規な点はない。
以上のとおり、本件発明は第3引用例に基づいて公知技術をあわせて容易に発明をすることができたものであり、これに反する審決の判断は誤りである。
第3被告の認否及び反論
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。
2 同4の主張は争う。審決に原告主張のような違法の点はなく、その判断は次のとおり正当である。
1 先願発明との同一性について
本訴においての審理の対象は、審決が本件発明と先願発明との間で同一でないとした真珠顔料小板の表面サイズ及び厚さの点についての審決の判断の当否に限られるものであるが、念のため、両発明が同一でないことを明らかにすれば次のとおりである。
まず、本件発明と先願発明との間には、①ガラスビーズのサイズ範囲について、本件発明は「25~250ミクロン」と規定するのに対し、先願発明は10~1万ミクロンであること、②鏡状の反射性真珠光沢顔料小板について、本件発明は「8~25ミクロンの範囲内の表面寸法サイズと、好ましくは約40~約200ミリミクロンの範囲の厚さを有する」と規定するのに対し、先願発明はなんらその数値を限定していないこと、及び、③本件発明は右真珠光沢顔料小板が「ガラスビーズの埋められた部分のまわりにコツプ状に配列されている」と規定するのに対し、先願発明は右配列についてなんら規定していないこと、の3点において相違する。しかして、右各要件の臨界的意義については、本件特許明細書中に次のように明らかにされている。すなわち、①のガラスビーズのサイズ範囲については、
「本発明の実施において用いられるガラスビーズ14は、25ないし250ミクロンの範囲の平均直径を有すべきである。
もしガラスビーズの平均直径が、実質的に25ミクロン以下であるならば、レフレツクス―反射効率における相当な損失が観察される。
もし平均直径が250ミクロン以上であるならば、得られる布の可撓性および“手触り”は若干そこなわれ、かつ布の外観は美学的に美しくない。」
と記載されており、②の真珠光沢顔料小板のサイズ範囲については、
「本発明の実施において、一般に、8ないし25ミクロンの直径範囲および好ましくは約40ないし200ミリミクロンの範囲の厚さの鏡のような反射性の真珠光沢顔料を選択する。
………この真珠光沢顔料が直径において約10ミクロン以下になる時、前記方法で、真珠光沢顔料が配向しかつガラス球と接触する傾向がなくなり、かつしたがつて、これらの顔料は、投射光線の反射材として有効でなくなる。
もし、真珠光沢顔料の平均粒子径が5ミクロン以下であるならば、明らかに、多くの小板はその主表面ではなくその端部をガラス微細球の表面と接触させることになり、多くの光を散乱させて望ましいレフレツクス―反射性構造物は提供されない。」
と記載されており、更に、③の真珠光沢顔料小板がコツプ状に配列することについては、
「この結合剤は8ないし25ミクロンの範囲の最高の大きさを有する鏡のような反射性の真珠光沢の顔料粒子を含有し、十分なこの真珠光沢顔料粒子はガラスビーズの下側表面と接面接触してこれとフレツクス―反射要素を形成している。」
「指示直径範囲の真珠光沢顔料は、大体接面関係で、好ましくはガラス微細球の被覆部分と部分的に接触して、これらの平面表面と共にこれら自体配向または配列する傾向がある。この配列は良好なレフレツクス―反射効率を提供する。」
と記載されているところであつて、本件発明の発明者は、真珠光沢顔料小板のうち右一定範囲の大きさと厚みとを有するものは「これら自体配向または配列する傾向がある」ことを発見し「8ないし25ミクロンの範囲内の表面寸法サイズと、好ましくは約40ないし約200ミリミクロンの範囲の厚さを有する鏡状の反射性真珠光沢顔料小板」の要件を規定するとともに、右顔料小板の配向する性質を利用して「コツプ状に配列」することを必須の要件としたものである。これに対し、先願発明は、一定範囲の数値を有する真珠光沢顔料小板についてのこれら自体配向する性質につきなんらの知見を示すものではなく、したがつて、その出願当時に知られていた2―100ミクロンの範囲の大きさを有する塩基性炭酸塩の微細体等を使用しているとみるのが妥当であり、またその結果、先願明細書中に「透明体球の下部をとりかこむが如き配列状態」とあつても、それは本件発明の「コツプ状に配列」の要件と同じものではない。したがつて、両発明を同一であるとすることはできないものである。
(1) 原告は両発明がその使用するガラスビーズのサイズ範囲において異ならないとするが、既述のとおり、本件発明で規定するサイズ範囲はその最大値においてもその最小値においても臨界的意義を有するものであり、到底同一であるということはできない。特にその最小値である「25ミクロン」について「実質的に25ミクロン以下であるならば、レフレツクス―反射効率における相当な損失が観察される。」との記載は注目されるべきである。
(2) 原告は、甲第9、第10号証を援用して、先願発明においても本件発明の規定する範囲の真珠光沢顔料小板が用いられる旨主張するが失当である。すなわち、甲第9号証には本件発明の規定する最大値である「25ミクロン」の4倍もの大きさである「100ミクロン」まで有効である旨の記載があり、また、甲第10号証においても本件特許明細書において「多くの光を散乱させて望ましいレフレツクス―反射性構造物は提供されない。」と明記されている「5ミクロン以下」である「2ミクロン程度」まで有効としている旨の記載があるのであるから、一定範囲内の塩基性炭酸塩の微細体等がこれら自体配向する性質についてなんらの知見を示すものでもない先願発明にあつては、その出願当時に知られていた2~100ミクロンの大きさを有する範囲のものを使用しているとみるのが妥当である。
(3) 原告は、更に、両発明の間には共通の実施例があることをもあげるけれども、右にみたとおり、両者はビーズサイズ範囲、真珠光沢顔料小板サイズ範囲を異にするのみならず、原告指摘の実施例間には使用する溶媒の量の差異もあるのであつて、原告の主張は失当である。
2 本件発明の容易推考性について
本件発明について、「前記結合剤層が8ないし25ミクロンの範囲内の表面寸法サイズと、好ましくは約40ないし約200ミリミクロンの範囲の厚さを有する鏡状の反射性真珠光沢顔料小板を含有し、個々のガラスビーズがこのガラスビーズの埋められた部分のまわりにコツプ状に配列されている前記小板を有する点については、各引用例のいずれにも記載されておらず、またこれを示唆する記載もない。」として、「本件特許発明は、前記構成をとることによつて、反射特性をきわめて良好にするという各引用例記載のものには期待できない顕著な効果を有するものであるから、本件発明は各引用例の記載事項に基づいて、この技術分野の専門家が容易に発明することができたものと判断することができない。」とした審決の判断に誤りはない。すなわち、本件発明において明らかにされた、右サイズ範囲内の真珠光沢顔料小板がこれら自体配向する性質を有することについてなんら知ることのない各引用例の記載に基づいては、当事者が右数値を求めて試行検討することはありえないからであり、これに対し、本件発明は、右の要件を採用することによつて、従前技術では光度計の値が約4.5~7であつたのを、「本発明は、洗たくおよびドライクリーニングに対する良好な抵抗性を有し、かつ良好なレフレツクス―反射性を示す(すなわち、白色布についての光度計の値が15ないし20、またははるかにより高い単位にある)着色または白色レフレツクス―反射性布を提供する。」との顕著な効果を有するものであるからである。
第4証拠
証拠の関係は、本件記録中の該当箇所記載のとおりであるので、これを引用する。
理由
1 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
2 そこで、審決にこれを取り消すべき違法の点が存するかどうかについて検討する。
1 成立について争いのない甲第8号証(本件特許出願公告公報)によれば、本件特許明細書の特許請求の範囲には、前示当事者間に争いのない本件発明の要旨のとおりのこと(事実摘示第2の2参照)が記載されており、本件発明は右のとおりのことを要旨とするものと認められる。これに対し、成立について争いのない甲第2号証(昭和37年7月30日の特許出願に係る先願明細書)によれば、先願明細書の特許請求の範囲には、「扁平柔軟体を基体として、この上部にビニール系樹脂と合成ゴムの両者を主成分とする被覆用接着剤の組成中に塩基性炭酸塩の微細物体もしくはグアニンを主成分とする魚鱗箔と有色素体を混練したるものの薄層を設け、さらに、該薄層上に直径約0.01mmないし10mmを有し、少なくとも屈折率1.7以上の透明体球を散布接着せしめたる後熱処理することを特徴とする着色光束反射体の製造方法」なる発明(先願発明)が記載されている。審決は、右両発明を対比して、先願明細書の特許請求の範囲には、本件発明の構成要件の1つである「結合剤層中に含有される鏡状の反射性真珠光沢顔料小板が、8ないし25ミクロンの範囲内の表面寸法サイズと、好ましくは約40ないし200ミリミクロンの範囲の厚さを有する」ことについては全然限定されていないから、本件発明は先願発明と同一であるということができないとしたものである。審決の右判断の当否について検討する。
2 先願発明において使用される塩基性炭酸塩の微細物体及びグアニンを主成分とする魚鱗箔が反射性真珠光沢顔料小板であることは明らかであるところ、その表面寸法サイズ及び厚さがどの程度のものを使用するかについては、先願明細書には、特許請求の範囲においてはもとよりこれを限定明示する記載はなく、発明の詳細な説明にもこれを明らかにできる記載はない。しかしながら、成立について争いのない甲第9号証(「パールエツセンスの製造法」なる発明についての昭和35年5月18日付け特許出願公告公報)及び、第10号証(昭和34年1月30日、社団法人色材協会発行に係る「色材協会誌」32巻2号所収の「真珠顔料について」と題する資料)によれば、先願発明の特許出願当時には、真珠顔料は一般に板状結晶のひろがりが平均径で10ミクロン程度、厚さは50ないし70ミリミクロンであること、そして、これがパールエツセンスとして真珠光沢を発現するための条件は、結晶の大きさが10ないし100ミクロン、厚さが50ないし100ミリミクロンであることが知られていたと認められるのであつて、このような真珠光沢顔料に関する技術水準に照らしてみれば、先願発明は、右のように真珠光沢を発現する条件を満たすものとして、一般に知られていた程度の大きさ、厚みを有するもの、具体的には、結晶の表面寸法サイズが平均径で10ミクロン程度、厚さが50ないし70ミリミクロン程度の真珠光沢顔料小板を使用して実施されるのが通例であつたものと認められる。
3 してみれば、先願発明は右程度のサイズの真珠光沢顔料小板を使用するのが通例であるものとして本件発明と対比すべきものであり、それが本件発明において規定されたサイズ範囲内にあることは明らかであるから、先願発明においては右サイズの限定がなされていないことのみを根拠に両発明の同一性を否定した審決の判断は是認され得ない。なお、被告は、本件発明において真珠光沢顔料小板のサイズ範囲を限定したのは、その範囲内にあるとき該顔料小板がそれ自体配列する性向を有するとの知見に基づく旨を主張するが、そのような知見の有無にかかわらず、先願発明のものは前記認定の程度のサイズの顔料小板を使用されることになるのが通例なのであつて、被告の主張は意味がない。
3 以上のとおりであつて、その余の点につき判断するまでもなく、審決は判断の根拠を欠いた違法のものとして取消しを免れないので、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の定めについて、行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条、第158条第2項を適用して、主文のとおり判決する。
(杉山伸顕 裁判長裁判官高林克已は退官のため、裁判官八田秀夫は転補のため、いずれも署名押印できない。杉山伸顕)